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Author:タム
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ばっかり、空。 【De-Briefing】
[20140725]
梅雨明けしないまま夏休みに突入した富山。
公私共に忙しくなり、自由が少なくなる季節の到来。
暫くは空港通いも夏休み、激減するであろうブログ更新。
でも、登校(投稿)日には皆さんにお会いすることを楽しみにしています。

僕が学生の頃は、夏休みにチャリンコで北海道一周や本州縦断を実行するツワモノがいたけれど、今はどうなのかな?
ネットで世界中の画像が簡単に手に入る時代、あえて面倒なことには挑戦しないのかな?
僕は定年になったらチャリンコお遍路さんになって、四国八十八ヶ所巡りをしたいと思ってる、もちろん空港巡りも。
時間があれば…って言い訳するヤツに限って実行しない、って云うけどね。

さて、5月に紹介した愛車はC2(チャーリー・トゥー)、こちらはらもう1台の愛車C1(チャーリー・ワン)。
1980年代後期のもので、イタリアのBOTTECCHIAというメーカーのロードレーサー。
この頃ははまだロードバイクというネーミングは存在せず、この類のチャリンコはあくまでもレースの為のもの。
当時のフレーム販売価格は¥200,000と、大変高価。
僕がコレを入手したのは2005年の暮れ、ヤフオクで¥40,500で落札した。
伝統的なディテールがとても美しいが、塗装のハゲやメッキ部のサビは「味」と言っておこう。
中学のときはチャリンコ小僧だった僕、でも中坊にイタリアのレーサーなんて買えるワケがないし似合わない、オトナのオトコの嗜みなのだ。
でもパーツのことはよく覚えていたからその殆どをヤフオクで集め、翌年の春になってからショップで組んでもらった。

最初は憧れだった当時のスタイルを完全に再現したものだったけど、乗る前から緊張を強いられるストイックさに降参。
それからもっと気軽に乗れるように手を加え、今では世界一リラックスして乗ることが出来る'80スチールレーサーだと思ってる。
加速はとても軽く、静かな道を走っているとスポークが風をかき回す音だけが聴こえてくる。
夏の暑い日にこのチャリンコに乗っていると、まるで十代の頃の夏休みにタイムスリップしたような気持ちになれるんだ。

娘が生まれる直前、最後の道楽だと思って組んでもらったこのチャリンコ。
だんだん増えてきたオールドレンズは、道楽が治っていない動かぬ証拠か…。


[20140612]
先日、ワイフが珍しくヒコーキの話をした。
「私、離陸機の方が好き。」
僕も、そう。
全力疾走で滑走路を駆け抜け、地球の引力に逆らって空を目指す姿は、ヒコーキを見慣れた目にも感動的だ。

共にFUJIFILM X-E2 + XF18-55mm 2.8-4 R LM OIS


昔から拘り派だった僕。
写真が好きになるまでは、騒音と金を撒き散らすことが趣味だった。
写真を撮り始めた頃、面白くもなんともないただの記録に、ワイフは容赦ない口撃を仕掛けてきた。
そのお陰で今では、なんとなく良い感じの写真が撮れるようになってきた気がする。

明日は僕達の、15回目の結婚記念日。
娘が幼稚園に通っていた頃、
「アンタの趣味が、初めて人の役にたった。」
と、珍しく褒めてもらえたことがあった。
何かの行事で撮った子供達の写真をプレゼントしたところ、ママ友にとても喜ばれたようだ。
ありがとう、これからもよろしく。

[20140502]
僕の愛車のひとつ、C2(チャーリー・トゥー)。
先日、気持ちの良い天候に誘われて、コレに跨って空港へ行ってきた。
僕のチャリンコは二台あって、コレは後から配備したからC2。
実はC1(チャーリー・ワン)の方により強い想い入れがあるんだけど、その話はまた別の機会に。



富山県民の誇り、立山。
このバーエンド・キャップは、清酒立山の蓋を加工したもの。
皆もマネしてみてよ。
お酒を飲めなくてもノー・プロブレム、酒屋さんの周りに行ったら落ちてるよ。
もし見つからなかったら、僕ん家にお酒を送ってね。
飲み終わってから蓋を加工して送り返すから。


[20131221]
ブログにVWネタを掲載するようになってから何度か、昔のクルマ仲間と再開することがあった。
不思議なものでずっと疎遠になっていたのに、会うときには会うもんだ。

10月上旬、地域の住民運動会でE氏と会った。
近所に住んでいるのに会う機会は殆どなかった。
モーグルなんてまだ誰も知らなかった頃、上村愛子選手が有名になるずっと以前から、E氏はクネクネとコブ斜面を滑っていた。
「春に靭帯やってよぉー、ひどかったじゃー。」
ってそんな51歳、他に知らないよ。
原因は勿論、モーグル。
仕事はとにかく一生懸命で抜かり無く、遊びはトコトン羽目を外す。
そんな兄貴みたいなE氏から、物事の考え方や進め方をたくさん教わった。
E氏邸には立派なガレージがあり、リビングからはE氏自慢の赤い'63bugコンバーティブルを見ることができる。

11月上旬、会社からの帰宅途中にT氏と会った。
チャリンコに乗っているときにすれ違ったことがあったな、あれから数年か。
オリジナル・コンディションへの拘りがとにかく凄いT氏。
12V改造されていた'65bugを、彼はわざわざ6Vに戻して乗っていた。
レイトモデルのウエストファリア・キャンパーを買い増したT氏、彼を取り巻く事情により止むを得ずベッドを全て貼り替えた。
しかしそれが原因となり、よりコンディションの良いウエスティの出物を見付けた彼は、早々に乗り換えてしまった。
それに留まらずオリジナルのロングノーズT/3に惹かれたT氏は'65bugを手放してまでも手に入れ、今は60's後期の新車のように美しいbugに乗っている。
クルマを溺愛しているT氏だが、オリジナル度が高いクルマを見てしまうと10年の愛も醒めてしまうようだ。

堀北真希さん主演のミス・パイロットの3回目、ANAのベテラン整備士役で登場した羽場裕一さん。
僕は自宅のリビングに居たのだが、テレビの中の羽場さんと再会した。
実は羽場さん、'61bugコンバーティブルのオーナーだ(今も乗ってらっしゃるのかな?)。
黒いボディに赤いインテリアのキレイなクルマだ。
VWイベントでお会いしたことがあり、僕は会場でスワップミートを出店していたのだが、何かをお買い上げいただいた記憶がある。
良い意味で芸能人オーラが出ていない、清々しい方だった。
bugと同じ'61生まれの羽場さん、画面の中ではもう少し年配の役柄に見えたけど、僕もあれから同じ分だけ歳をとったんだな。

VWに乗っていた当時、何がいちばん良かったって同じクルマの仲間が出来たこと。
でも僕は降りてしまったし、他にもそんな話をいくつも聞いた。
今日の一枚は、お世話になっていたVWショップから送られてきたクリスマスカード。
もう15年程前にいただいたものだが、毎年凝った演出で楽しませてくれた。
この写真で使われている青いケースは、ドイツの工具メーカー「HAZET」の工具箱。
VW純正オプションのビンテージ物で、マニア垂涎のアイテムだ。

[20131219]
人は必ず持っていると思うんだ、お気に入りのロゴやマーク。
企業のモノならば旧国鉄Japanese National Railwaysの頭文字をデザインしたロゴや、JALの鶴丸なんて最高に優秀なデザインだし、メッセージ性のあるものならばピースとか。
僕は今でもVWマークが大好物、VWバカだったから。
世にはVWマークが溢れているけど、グッズの中でも意外とレアなんだ、バックルは。

Racing teamと書かれているものは、VWショップの社長さんに譲ってもらったもの。
ショップの一角にはアンティークなショーケースがあり、その中には社長さんお気に入りのレアなアイテムがギッシリと詰まっていた。
当然ながら売り物ではないのでプライスタグは無く、その扉が開くことは決して無かった。
僕はその中にあったこのバックルに心惹かれ、数年もの間ずっとしつこく頼み込み、ラッキーなことにその扉が開く瞬間を目の当たりにし、やっと譲ってもらえた。



VWマークのものはVW乗り仲間に譲ってもらったもの。
1980年代にはフツーに入手出来たそうだが、僕が興味を示した頃には入手不可能なアイテムだった。
「いーなー、それ。」って羨ましそうにしてた僕。
「じゃあ、物々交換しよっか。」って話になった。
結構ヤれていたけど、bugから外したオリジナルのステアリングと交換することにした。
僕は大満足、相手も満足そうだったからお互いに幸せになれた。

余談ながら僕のbugはレストア済みの赤いステアリングに交換してあったから、物々交換しても問題なく運転できた。
その赤いステアリングは今でも我が家にあり、自損事故で失った1960bugの唯一の遺品だ。
事故後、パーツ類は全て外してスワップミートで売り尽くし、最後はボディのドンガラまでも換金した。
赤いステアリングは特に気に入っているってワケじゃなく、売るタイミングを逃してしまっただけ、欲しいヒトがいればいつでもお譲りしますよ、っていうのが本当のところだったりする。

[20131217]
今まであまり公言していなかった事実なのだが、実はbusをレストアしようと企てていたことがあった。
1962(1963かも?)の15W DX busだった。
僕がお世話になっていたショップが輸入したクルマではなかったが、このbusの存在は知っていた。
ある日、いつものようにショップに仕事の邪魔をしに行ったら、このbusがいた。

僕「修理?」
メカニック氏「なーん(代表的富山弁のひとつで『違うよ』という意味)、買い取り。」
僕「いくら?」
メカ「知らん、社長に聞いて。」

価格交渉開始、ベース現状¥400,000 →即買い。
まだ結婚前だったし、誰にも止める理由なんて無かった。



だが、メカニカル部分に重大なトラブルが発生していることは明白だった。
まずエンジンがかからない。
そしてネガキャンの付いたリアの足廻りから、リダクションギアが逝っていることも想像できた。
1963までのbusはこれが弱点だ。
あるbus専門ショップでは1963までのオリジナルのクルマに対して、1964-67のリダクションギアに組み替えることを推奨していた。
でも僕はbugのT/Mに積み替え、フロントはドロップスピンドルでローダウンする計画を立てた。
勿論これらの作業はショップ任せになる。
だから僕は内装作業に取り掛かった。
天井と内張りは、初めてとは思えない出来栄えだった。
しかしこれが大失敗の元だった。



順調に進んでいるかのように思えた作業、問題は突然発生した。
このbusを置いている敷地が使えなくなってしまったのだ。
しかし、動かそうにも動かせない。
まずは動くようにするべきだった。
そしたら自宅まで自走することも出来たのに。
その後数週間に渡り作業の順番を考えていたとき、このbusを売ってほしいという話が飛び込んできた。
話の主はO氏、1963bugに乗る仲間だった。
彼は結婚を機にbusを探していたがなかなか出物が見つからず、半ばあきらめていたときにこのbusを見てしまったのだ。



僕にコンタクトを取って来たO氏、¥400,000プラスパーツ代を提示した。
高値で売り付ける気は無かったから、それでOKした。
僕の夢は叶わなかったがO氏はbugを売って資金を作り、ボディをリペイントし、シートを全て張替え、E/GもT/MもO/Hし、総額¥3,000,000で完璧なコンディションにレストアした。
O氏はこのbusをとても気に入っていたが、人間とは勝手な生きものである。
ウエストファリアキャンパーの出物を見つけて浮気しちゃったO氏、購入資金としてbusをトレードに出した。
¥2,500,000のプライスボードが掲げられていたショップの店先で見掛けたのが最後、それ以来このbusには会っていない。


[20131215]
値段に負け、400mmの珍品MFレンズを配備してしまった。
安くて手を出しやすいタクマーが専門の僕も、思わず感嘆符付きの言葉を発してしまった。
今回も余裕でクリアしたよ、MFレンズ購入の壱万円ルール。
マルチなコーティングがされているそうだが、現代のレンズみたいな逆光耐性は望めないだろうな。



フィルター径は67mm(タクマーは77mm)、400mmのレンズとしては軽くてコンパクト。
開放F値は6.3(タクマーは5.6)、1/3段暗い。
距離指標はタクマーよりも細かく、ピント合わせに気を遣うのではないかとの心配を抱かせるが、そんなことはどのレンズも同じ。
絞りリングの回転方向はタクマーと同じ(一部の珍品タクマーを除く)だが、フォーカスリングの回転方向がタクマーと逆なのがちょっと…。
外観はフードに傷があるものの、光学系はとてもキレイだった。
三脚座は一体型でコンパクト、カメラボディに干渉せずにレンズをねじ込める。



購入前にちょいと調べてみた。
「MAKINONは1967年創業、品川区五反田に本社のあったマキナ光学が1974-1975年頃に発売したレンズのブランド。
主に海外で販売されていたため国内での知名度は低いが、安くて高性能なレンズという位置づけで販売されていたようで、24mmから1000mmまで14ものラインナップが存在する。
創業当時のマキナ光学はOEM生産を中心とし、研究・開発/製造/品質管理/販売・輸出の5つの部署を持っていた。
このうち販売・輸出部門を専業化するため、1974年にマキナ・トレーディング・カンパニーを設立し、自社ブランドの輸出販売に力を入れるようになる。
1983年時点では社員総数が400人前後、日本各地に9箇所の支社を持つ程に成長し、北米や欧州を中心に世界55ケ国で貿易を行っていた。
北米の販売には特に力を入れており、独自の販売網とサービス体制を確立していた。
働いている労働者はパートタイムの主婦ばかりで、MAKINONのレンズ群の高いコストパフォーマンスは低賃金で働いていた主婦達のおかげなのだ。」
とのこと。
[20131205]


ジャンクコンディションのレンズを購入すると、付属品が欠品していることは想定内。
別途購入することになるが既に生産終了しているから、見つけた時には余分だとわかっていても買うのが鉄則。
行きつけの老舗カメラ店でも売ってはいるが、いつまでも店頭にある保証はない。
なので財布の中に小銭があれば、少しずつ買ってストックしている。
前キャップはメタルの被せるヤツを付けてみたいし、フードも純正のメタルのものが良い雰囲気。
そしていくつか集めてみると気になってくるのが、それぞれのロゴの微妙な違い。
製造時期なのかグレードなのか、バリエーションの違いを眺めて喜ぶマニアの心理。
弊ブログに立ち寄って下さる収集癖旺盛なブロガーの方々ならば、その気持ちを理解していただけるだろう。



左端のいちばんデカいのはサンヨンやジゴロ用の77mm。
順にファットタクマーサイズの58mm、タクマーの標準サイズ49mm、ついでにQの40.5mmは参考までに。
TOP画像の77mmは在庫が一つしかなかったから即買いした。
しかも58mmと同じ値段、価値ある¥630だった。

[20131107]


利便性重視でズーム玉をメインに現システムを組んだものの…、
元々の単玉好きがそれで満足できるワケなどなく…、
いつかはリ子ちゃん or ペン太君のフルサイズ機での撮影を夢見て…、
まずはフルサイズのイメージサークルをカバーするレンズを用意しなきゃ…、
なのに何故かそれらを使用できるアダプターなども配備してしまい…、
「こりゃもうレンズの値段じゃねぇよ」って最近配備したS-M-C TAKUMAR 4/300…、
Q7にくっつけてこんな記念写真など撮ってみたり…。
ついでに全部並べてみましたとさ。

前例左より
S-M-C TAKUMAR 3.5/24
S-M-C TAKUMAR 3.5/28
SUPER TAKUMAR 3.5/35
SMC TAKUMAR 1.8/55
後列左より
S-M-C TAKUMAR 2.8/105
S-M-C TAKUMAR 3.5/135
S-M-C TAKUMAR 4/200
S-M-C TAKUMAR 4/300

これらの他に戦力外のタクマーが2本。
この現役8本で、いくらくらいだと思います?
な・ん・と!¥37000です、これだけで。
¥10000以上のレンズはひとつもありません。
でも、フードやキャップの方が高かった場合もありましたね。
というワケで、早く本来の焦点距離で使わせてください、RICOH殿。


[20131101]
僕が乗っていた1960年式bug。
今回ご紹介するのは日本にやって来る直前の写真。
アメリカから日本にクルマを送ってくれたのはMr.ダニー、メキシカンだという話を聞いたことがある。
彼はブローカーではなく熱心なVWマニアで、僕がお世話になっていたショップの社長さんの求めるような良質なクルマを理解していた。
独自のネットワークを持っていた彼の元には、ビンテージVWに関する膨大な情報が集まっていた。
社長さんは取引の信頼関係を築くために何度も渡米した。
やがて富山の小さな修理工場は、ビンテージVWのコンディションでは日本一と誰もが認めるショップになった。
その立役者こそMr.ダニー、彼なくしてあれほどまでのコンディションのVWを、我々は手にすることなど出来なかっただろう。



Mr.ダニーの家の庭先。
Rバンパーは'67のようだ。



シートだけはオリジナルではなかった。
ドアパネルはグレー × アイボリーのはずだが、良い感じで褪色している。



この白いbugと一緒に、船に載って日本にやって来たのだろうか。
Mr.ダニーはVWのfor sale情報をキャッチすると、カルフォルニアだけではなくアリゾナまでも出掛けて行った。
クルマをチェックし写真を撮って日本に送っていた。
今回の写真も然り。
カメラで撮って現像してエアメールで送って、日本で写真を見るまでに何日かかったことだろう。
現代ならばスマホで撮ってメールで送って、時間も手間も殆どかからない。
彼の撮った写真が二十数年経った今でも僕のところにある。
便利な世の中になった反面、味気なくなってしまったのかな、この記事を編集しながらそう感じてしまった。


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